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目に見えない環境汚染時代を生き抜くために40

◇梅雨の防災対策
◇第二回なでしこ会議〜会津地方を訪ねる〜


 今年の梅雨は大雨、その後は猛暑になると予報されておりましたが、九州・中国地方での大雨に対し、関東の水瓶となっている利根川水系8ダムの貯水 率は6月末でも39%(平年は71%)。平均値と比べた貯水量は55%にしかならず取水制限が続いています。中でも矢木沢ダムは貯水率18%と危機的な状 況にあります。昨年は全国的に積雪が例年よりも少ない地域がありましたが、同ダム周辺でも例年を大きく下回っていたことも影響しています。

 坂東太郎の異名をとる利根川は群馬県北部の大水上山に源を発し、千葉県銚子市で太平洋に注ぐ流域面積日本一の大河川です。元々東京湾に注いでいた 川を徳川家康の「利根川東遷事業」により60年の歳月をかけて瀬替えをしました。利根川の水は首都圏約2700万人の飲み水にもなっています。利根川流域 は市民のスポーツや憩いの場となっており、以前特約代理店会議でご講演頂いた、アドベンチャーレースの第一人者の田中正人氏が率いるチームイーストウィン ドの拠点も利根郡水上町の流域にあります。

 http://www.east-wind.jp/information/cat24/post_143.html

 余談となりますが、NHK放映でお馴染みの二百名山一筆書きの田中陽希氏もメンバーに復帰して参戦した今年2月のパタゴニアンエクスペディション レース(ブラジル)では3年連続の2位入賞という見事な成績を残されました。リーダーの田中正人氏が最終局面で転倒して頸椎捻挫、鼻骨骨折したにもかかわ らず、医師の許可をとり、天候にも助けられ、レースを再開しての入賞でした。出場18チーム中、14チームがリタイアするという世界一苛酷なレースに挑戦 するチームの今後にもご注目下さい。

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 縄文時代初期の利根川の大部分は海でした(縄文海進)。縄文中期から徐々に海の水が引けて関東平野と利根川が生まれました。東京都の大部分は海底 にあり、高台にある土地や海から離れた山間部に貝塚が発見される所以となっています。当時の東京湾は栃木県の平野部にまで達していたのです。地球温暖化で 海面上昇が続けば、再び全世界で海進が起こります。それをくいとめるため、世界の平均気温上昇を産業革命前と比較して2度未満に抑えることが昨年12月に パリ協定として合意されました。

 今年も世界各国で異常気象が続いており、大規模な旱魃や水害の報告が後を絶えません。局地的なゲリラ豪雨や竜巻など予期せぬ災害が全国各地でいつ でも起き得ることを肝に銘じておかなければなりません。熊本県においては未だに余震が続いています。大雨による浸水や土砂災害に備え、ハザードマップや防 災情報など役立ちそうなサイトのリンク先をピックアップ致しましたので、ご参照頂ければ幸いです。

熊本県土砂災害情報マップ
http://sabo.kiken.pref.kumamoto.jp/website/sabo/index.html
【被災地と周辺地域の皆さまへ】避難や生活に関する情報まとめ
http://news.yahoo.co.jp/story/147
airbnb 緊急宿泊場所(災害時に空き部屋を登録して無料貸出することができます)
https://www.airbnb.jp/disaster/southernjapanearthquake
災害用トイレガイド(災害時に一番困るのがトイレの問題)
http://www.toilet.or.jp/toilet-guide/index.html
子どものための心理的応急処置(世界最大のNGOのノウハウが満載)
http://www.savechildren.or.jp/lp/kumamotopfa/
東京防災Web版 (東京仕様ですが役立つ情報満載で話題になりました)
http://www.bousai.metro.tokyo.jp/book/sp/
【OLIVE】災害に遭ってしまったとき、知っておくと助かるデザインとアイデア
http://www.olive-for.us/

◇第二回なでしこ会議

 去る6月14日〜15日にかけて第2回なでしこ会議が開催されました。毎月開催されている一泊研修さながらの中身の濃いプログラムに参加者全員充実した 時間を過ごすことができました。郡山駅では佐藤部長と渡辺主任にお出迎え頂き、佐武のセミナー室に到着後、主催者の佐藤理事長からの開会のご挨拶に続き、 なでしこ会の八巻会長から歓迎のご挨拶がありました。女性が大多数の室内の雰囲気はいつもと異なり佐藤理事長も奥田副理事長も心なしか普段より表情が緩ん でおりました。

 基調講演は「食の安全について」奥田副理事長が熱く語られました。日頃食卓にのぼる食品の危険性について具体的な事例を挙げられながら分かりやすくご説 明頂きました。「買い物をするときには必ず裏のラベルを確認して食品添加物や化学調味料がどれだけ含まれているのかをチェックしましょう」と、すぐに実践 できるノウハウも伝授して頂きました。お魚もどき、お肉もどきの加工食品も注意しなければなりません。日本人が大好きな卵の裏側のお話にも驚きを隠せませ んでした。

  卵の安全性

スーパーなどで売られている卵の多くは「ウィンドウレス鶏舎」で産卵されたもの。

1年程たつと産卵率が落ちるので断食のようなことをさせると半年くらいは再び卵を産むようになります。鶏が病気にかからず卵をたくさん産ませるシステムとして普及しています。食品というより工業製品のようです。

代表的な配合飼料のとうもろこしが遺伝子組み換えされていても表示義務はありません。又、配合飼料を操作することで栄養が強化された卵がつくられています。とはいえ、必ずしも赤い殻や黄色い卵の栄養価が高いわけではありません。

欧米人が日本に来て驚くのが「生卵ぶっかけごはん」。生卵はサルモネラ菌などの危険性があり生食すべきものではないと教わっているからです。大手メーカー では孵化から流通まで一貫したシステムで汚染防止していますが、日がたつにつれ汚染されやすくなるので冷蔵庫で10度以下で保存しヒビ割れのある卵は火を 通しましょう。

放し飼いや平飼い(光と風の入る屋根つき鶏舎)で国産の配合飼料を与える有精卵など育て方にこだわった卵や名古屋コーチンや烏骨鶏など親鳥の品種にこだ わった卵を選べれば良いのですがお財布との相談となります。卵は完全食品といわれるほど栄養価の高い食品ですので新鮮な卵を上手に食生活にとりいれていき ましょう。

海外の環境専門家からは日本の市場は壮大な人体実験室だと呼ばれています。私たちが口にしている食品添加物の量は1日平均10グラム、年間4キロにもなり ます。中には海外では既に禁止されているものも多数含まれています。厚生労働省は日本人を殺したいとでも思っているのでしょうか。薬害エイズ事件といい子 宮頸がんワクチンといい、本来国民を守るべき立場にある政府が信じられない過ちを犯しているのです。それでも選択する権利はありますので「自分の身は自分 で守る」努力をしましょう。

 国民の二人に一人が癌になる日本。複合汚染されているため原因が特定しにくく、真綿で首を絞められているかのようです。カイケンコーポレーションの浦上 社長も力説されてこられたように、居住空間も複合汚染されており日々私たちの健康を蝕んでいます。自然豊かな国に住んでいながら何とも皮肉なことです。断 捨離よろしく身の回りから環境汚染物質を一つ一つ取り除いていきましょう。

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 奥田副理事長の貴重講演に続いて佐藤理事長から熱力学の説明がありました。日頃リフレクティックスの啓発に尽力されているご主人様や社長のためにも遮熱 理論を理解し、さらなるご発展に寄与して頂けるよう白熱教室さながらの講義でした。リフレクティックスの最新情報をはじめ、騙されやすい F☆☆☆☆(フォースター)表示や24時間換気、耐震実験で倒壊する長期優良住宅の愚など、分かりやすく丁寧に解説して頂きました。

 さらに、どのようにすればご主人様の目を輝かせることができるのか、その秘訣を伝授して頂きました。その効果のほどは、、皆さまからの体験談を募集でき れば幸いです。研修後は記念撮影をして岳温泉のホテル陽日の郷あづま館に移動。大広間で大宴会が開催されました。普段は控えめでいらっしゃる女将さんのご 挨拶にも力がこめられ大抽選会も大いに盛り上がりました。理事長部屋での恒例の二次会も女性ならではの話題(?)でもちきりでした。女湯でも盛り上がった ことは言うまでもありません。

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 翌日は交流と親睦を深めるなでしこ会ならではの企画で会津散策を楽しみました。クレア住宅設計工房の白川社長夫人の地元ということで、前日に様々なお話 をお伺いし当日を楽しみにしておりました。前夜の天気予報はあいにくの雨マークでしたが、当日、磐越自動車道のトンネルを抜けると、そこには青空が広がっ ていました。散策するほどに陽射しが強まり初夏の爽やかさを満喫することができました。

 最初に向かったのは会津出身の有名人、野口英世記念館でした。その偉人ぶりに筆者は圧倒されたのですが、訪問後、佐藤理事長から仕事で北里研究所に出入 りされていた頃に福島出身者であることを口止めされたエピソードが明かされました。なぜならば、野口英世が北里柴三郎の伝染学研究所に勤務していた頃、借 金を重ねて女性問題を起こし多大な迷惑をかけたからというものです。北里柴三郎も花柳界では有名だったそうですが、ここで深く追及することはやめておきま しょう。

 話はそれますが、昨年エバーメクチンの発見でノーベル生理学医学賞を受賞された大村智教授は北里大特別栄誉教授となっていますが、山梨大を卒業後、東京 都立高校の定時制の教師をされていた苦労人でもあります。筆者の友人が北里大で大村教授の授業を数十年前に受けていたそうですが、当時から土の採取に情熱 を燃やし、生徒にも全国各地の土を集める研究課題をだし、世紀の発見があればノーベル賞も夢ではないと語っていたそうです。

 千円札でも馴染み深い野口英世ですが、人生を簡単に振り返ってみたいと思います。1876年に農家の長男として生まれてから上京するまでの19年間を過 ごした生家は当時の姿が保たれています。幼い頃に囲炉裏に落ちて左手に障害を負ったことが、その後の人生を大きく変えるきっかけになりました。16才のと きに左手の手術を会津若松の渡部医師にして頂いたことをきっかけに医師を目指し、5年後には医術開業試験に合格して医師の資格を得ると高山歯科医学院、順 天堂医院、伝染病研究所、横浜海港検疫所などに勤務します。

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 この記念館の素晴らしいところは、偉人を支えた恩人たちに焦点をあてて紹介しているところです。高山歯科医学院の血脇守之助は物心両面の支援を惜しまず 借金をしてまで英世をアメリカに送り出した人です。小学校の卒業試験の試験官であった小林栄は英世の渡米時に親子の契りを交わし、没後も遺族代表として顕 彰に尽力しました。これらの誰一人が欠けていても、今日の野口英世物語は生まれなかったことでしょう。

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 1900年に渡米した英世はペンシルベニア大学のサイモン・フレキスナー博士の助手として研究を始め、後に同博士が所長になられたニューヨークのロック フェラー医学研究所でノーベル賞の候補となる成果をあげました。母シカから手紙が届き、15年ぶりに日本に帰国して再会しましたが、手に障害を負ってし まった息子に身を粉にして働きながら教育の機会を惜しみなく与えた母の姿に感銘を受けました。

 1918年にエクアドルでワクチンをつくり多くの人命を救うと、1927年に黄熱病の原因究明のため西アフリカ黄金海岸(ガーナ共和国)に渡った翌年、 自ら黄熱病にかかり51歳の生涯を閉じました。英世は多彩な趣味をもち、メリー夫人の肖像画や静物画を描き、チェスや将棋に興じるなど、交友の幅も広く、 故郷の猪苗代湖にも似たニューヨーク郊外の別荘ライフを楽しむなど人生を謳歌したと言えましょう。

 小泉元総理とクフォー元大統領は親しい間柄であり、来日時の会合にアテンドさせて頂いたこともありますが、現職時にアフリカに貢献した医学者・医療従事 者等を対象とした「野口英世賞」を創設されました。小泉元総理は賞の創設にあたり総理大臣退職金全額を寄付されたそうです。ボーナスや退職金の辞退もせ ず、説明責任も果たさずに都庁を去った前東京都知事とは大違いです。パナマ文書で明らかになった租税回避地で節税を行っていたとされる人物リストで最も多 い職業が政治家とのこと。情けなくなりますね。

 野口英世記念館で時間切れとなり、隣接の世界のガラス館には行けずじまいでしたが、ヨーロッパのクリスタルグラスやアートグラスのコーナーが壮観だった そうです。次に向かったのは会津鶴ヶ城。会津藩が治めた城下町には歴史的な建造物や伝統を感じさせる名所が数多く残されています。会津の歴史はNHK大河 ドラマ「八重の桜」でもクローズアップされましたが、近代史のみならず、鶴ヶ城の歴代城主の変遷からも分かるように鎌倉時代に創建されて以降、戦国時代を 中心に名だたる大名が治めてきました。

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 伊達正宗や蒲生氏郷、上杉景勝、保科正之、松平容保といった有力城主を迎え戊辰戦争で約1カ月にわたり籠城し、開城するまで難攻不落の名城と称えられた 鶴ヶ城は、1965年に五層からなる天守閣が再建され、郷土資料館として会津の歴史や文化を紹介しています。最上階からの景色は壮観そのもの。四方を山に 囲まれた会津盆地の東南に位置していることが良く分かりました。会津盆地は東西の断層によって生まれた南北30キロ、東西10キロの構造盆地となっていま す。

 鶴ヶ城で真っ先に驚いたのは立派な石垣。無加工の自然石をそのまま積み上げる野面積みで築かれています。太鼓門で最も目立つ巨石は約8トンもあり、橇 (そり)を使って運ばれたそうです。遊女を乗せて運ぶ者たちを激励したと伝えられています。天守閣の土台、天守台の中はひんやりとしており、塩や保存食の 貯蔵庫として使われていました。さらに、シンボルとも言われる赤瓦が輝く天守閣には感動するばかりでした。本丸御殿跡の広々とした芝生広場も含め、鶴ヶ城 は会津人の心の拠り所となっているように感じました。

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 会津藩士が6歳から教え込まれたという、会津人を表す『什の掟』。これを紹介せずして会津のことは語れないでしょう。白川夫人によれば現在も会津の小学 校に入学すると1年生のときから教わるのだそうです。『什の掟』とは、会津藩校日新館に入学する前の遊び仲間(6才〜9才)が十人前後でグループをつくり (これを什と呼ぶ)毎日午後の集合遊びの前に話し合う自治的な定めのことで制裁もありました。

一、 年長者の言ふことに背いてはなりませぬ
二、 年長者には御辞儀をしなければなりませぬ
三、 虚言をいふ事はなりませぬ
四、 卑怯な振舞をしてはなりませぬ
五、 弱い者をいぢめてはなりませぬ
六、 戸外で物を食べてはなりませぬ
七、 戸外で婦人と言葉を交へてはなりませぬ
ならぬことはならぬものです

 制裁には無念(お辞儀をして謝罪)、竹箆(シッペのこと)、絶交(仲間はずれ)、手炙り(火鉢に手をかざす)などがありました。当時は10歳になると日 新館に入学する決まりとなっており、白虎隊の隊士達は日新館で学んだ16歳〜17歳の少年達で編成されていました。日新館は戊辰戦争で焼失してしまいまし たが、昭和62年に再建開校されるや失われつつある武士道精神を今日に受け継いでいます。

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 さて、お腹がすいてきた一行は鶴ヶ城を後にして最後の訪問地、飯盛山に向かう途中、江戸時代から続く七日町の旅籠として古くから親しまれてきた料 理旅館田毎にて郷土料理のこづゆやめっぱめしに舌鼓をうちました。白虎隊十九士の墓や厳島神社への飯盛山の参道は石段で183段。隣にはスロープコンベア もありましたが、皆、元気に石段を上りきりました。ガイドさんの心のこもった迫力ある墓前の語りを受け、一堂手を合わせてご冥福をお祈りしました。

 1600年代に70年の歳月をかけて猪苗代湖から会津盆地まで全長31キロに及ぶ戸の口堰用水がひかれました。灌漑の目的は果たされ3万石分の土地を潤 したと言われています。白虎隊は鶴ヶ城を確認すべく、この弁天洞穴をくぐって厳島神社の境内に辿りつき、黒煙と炎に包まれた城下町を目にして自刃したので す。水流の激しさには驚きましたが、洞門くぐり体験も毎年9月上旬から11月上旬にできるそうです。今日も環境用水、飲用水、工業用水や小水力発電などに 利用され市民の生活を支えています。

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 京都では先の大戦というと応仁の乱を指すと言われますが、会津では戊辰戦争のことを指すそうです。歴史は勝者の視点から美化されて描かれるのが世の常で すが、最近は少しずつ異なる視点、隠されてきた真実などが明かされるようになってきました。無念さや怨恨は戦地にはつきものですが、白虎隊十九士の墓のよ うに国内外の大勢の方々が供養や鎮魂を続けられている地には重苦しいものは残っておらず、聖地と化しているように実感しました。

 最後になりますが、山梨県から参加されたアイユーホームの赤岡社長夫人がバスの中で、ラフターヨガ(笑いヨガ)のご紹介をして下さいました。インド発祥 のラフターヨガは誰でも簡単にでき、それが、作り笑いであっても心身に良い影響を与えることが医学的に証明されているとのこと。ユダヤ教のカバラの形態学 においても同じことが受け継がれています。人前で大笑いすることが恥ずかしければ、口角をあげるだけでも、徐々に心が上向いていきます。日本の古神道でも 笑いの行があったそうです。

 佐藤理事長がいつも仰るように、環境マテリアル推進機構の宴会は笑い声がたえず、明るいエネルギーが充満しています。これからも笑顔を心がけていきましょう。