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目に見えない環境汚染時代を生き抜くために30


◇最大の環境問題は戦争
◇ユダヤ民族の謎


 記録的な猛暑日の続いた夏が遠ざかり秋の気配が近づいて参りました。猛暑日には電力需要が気になりましたが、全国的な節電努力に加え(ここにリフ レクティックスも含まれます)太陽光発電量の増大やピークシフトなどの工夫で乗り越えることができました。電力の予備率3%が単独では確保できないと見込 まれていた関西電力及び九州電力管内における8月の電力使用量も平均して10%以上の予備率を保つことができました。

 電力使用量が電力供給量を上回ると大停電の恐れがあるということで、電力使用量や節電ポスターを駅で表示して節電を呼びかけたり、定着してきた クールビズや6月の電気料金の一斉値上げに伴う節電対策などが功を奏した模様。昨年は電力会社による再生可能エネルギーの買取り中断という異常事態が発生 しましたが、そもそも固定価格買い取り制度(FIT)を国が安易に導入したことに起因するものです。

 日本版FITは、税金ではなく、利用者が買い取りに必要な電気料金を支払う仕組みになっています。また、買取り価格は筆者の予想通り年々下落して います。ドイツやスペインなどのFIT先進国からは当初の日本の買い取り価格が非常に高額であることに驚きの声が挙がっていました。民主党政権当時のこと です。菅さんと孫さんが相談して決めたという噂もありましたが、本制度の運用は続いておりこれからが正念場です。

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出典:政府の節電ポータルサイト http://setsuden.go.jp/


 環境マテリアル推進協議会のウエブサイトにおいて、リフレクティックスの導入による省エネ効果を数値化して累計表示をしてみては如何でしょうか。 全国の事例を合わせれば相当な省エネ効果を既に生み出していますから大きなインパクトがあるはずです。排出量取引参入の可能性も探ってみたいと思います。

 ◇最大の環境問題は戦争

  国内では世論を二分する大きなうねりが渦巻いています。安保法案と原発再稼働問題です。この二つの問題は一見全く関係なさそうですが、底辺では繋がってい るように見えます。戦後70年を迎えましたが、日本は果たして本当に独立を果たしたのでしょうか?筆者の考えでは、未だ米国の支配下にあります。沖縄は占 領が続いていると言っても過言ではないでしょう。日本は51番目の州と揶揄されても仕方ありません。そこに二つの問題の鍵があると考えています。

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出典:沖縄県庁 知事公室 基地対策課ホームページ


 日本の歴史上2015年は大きな岐路になると考えています。日本が選んだ道の先に子どもたちの笑顔が広がっていることを願うものです。環境破壊の 最大の原因は戦争(核実験を含む)によるものです。人類史は戦争史とも言われますが、地球は戦争を繰り返す人類による環境汚染に辟易としているようです。 近代史以降の戦争の多くが一握りの戦争屋によって仕掛けられていることは書籍やネット上でも流布されていますが、その通りだと頷くところがあります。

 日本はイスラム過激派等のテロ組織から敵として見なされるようになり、海外在住邦人の保護も難しくなることでしょう。中東に対しては歴史的にも中 立な立場にあり本来ならば中東和平の立役者になれるところ、米国の同盟国と見なされるようになりました。アルカイーダも元々は対ソ戦ゲリラとして米国の CIAらが訓練したものですが、戦争ビジネスを続けており、攻撃対象にされかねません。脆弱なセキュリティ体制の原発54基もターゲットにされることで しょう。


 上記リンクは、911の世界貿易センタービルの崩壊がテロ実行犯にハイジャックされた航空機の突入によって起きたことに疑問を呈する全米の2千名 以上の建築家とエンジニア、2万人を超える一般人の署名を集めるNPO法人のウエブサイトです。科学的な検証をふまえ爆発物の使用がなければ完全崩壊は起 き得なかったとし、独立した再調査を求めています。サイト内では原爆ドームを筆頭に世界各国の建築物を掲示し、大火災や飛行機事故、大地震、テロの襲撃や 解体爆破、原爆によっても建築物を木端微塵に崩すことができなかった事例を証拠として挙げています。

 同時多発テロはアフガニスタン報復戦争の口実とされましたが、イラク戦争の口実とされた大量破壊兵器は結局見つかりませんでした。フセイン大統領 は処刑される直前に「パレスチナはアラブのものだ!」と叫んだと言われています。イスラム国は旧フセイン政権の残党が組織したものと専門家は見ています が、イラク戦争は戦争屋による武器の在庫処分とイラクの石油利権を手にするために仕掛けられた戦争だったと考えています。

 それまでは対岸の火事のように眺めてきた日本も資金援助や後方支援活動を通じてアメリカの同盟国と見なされ、アルジェリアにおけるテロやイスラム 国による日本人の処刑といった惨劇に見舞われるようになりました。菊の御紋が光る日本のパスポートが免罪符となった時代は終わったのです。自衛隊員が非戦 闘地域における後方支援で活躍してこられたのも他国の軍隊によって警護されてきたことに負うところがあり、日本も相応の対応を求められるようになりまし た。安保法案には海外の44カ国が支持を表明しています(8月20日の時点)。

 米国は同時多発テロ以降、戦費が財政を圧迫し、兵士の犠牲者もイラク戦争で4494名、アフガニスタン戦争の死者は2361名を数え(出典:慶応 義塾大学経済学部延近研究会)切羽詰まっています。三面作戦は困難とも言われており、日本はいずれにせよ覚悟を決めて自国の防衛にあたっていかなければな らないでしょう。ノンポリ層とされてきた若い世代が大挙して反対デモに繰り出すようになったのは初めてのことで、さらなる国民的な議論の広がりを期待する ものです。

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 2006年に筆者はアフガニスタン報復戦争がひと段落したパキスタンを訪問しました。英国の植民地時代を経て1947年にパキスタン国を建国しました が、イスラム教が伝播する前、3世紀に仏教に帰依したアショーカ王の時代にガンダーラ文化が開花しました。ラルフローレンのロゴで有名な欧米の紳士が嗜む ポロ(馬に乗って行うホッケーのような団体競技)も実はパキスタンの北部山岳地方が発祥です。ヒマラヤ山脈の本格的な登山から氷河のトレッキングで著名な 長寿村のフンザもさることながら、ガンダーラ地方の棚田や岩窟寺院は桃源郷のような美しさでした。

 当時は髭をそって鳴りをひそめていたタリバンが勢力をもりかえし、マララさんの襲撃に代表されるような凄惨なテロ行為を繰り返しています。ノーベル平和 賞を受賞されたマララさんのお父さんのような穏健で善良な多数派のイスラム教徒の人々の想いは過激思想の洗脳と武器の力によって封じられています。教育が 大切なのは万国共通ですが、その重みをマララさんは私たちに教えてくれています。美しいパキスタンの風景は別の機会にご紹介したいと思います。

 イザヤ・ベンダサン(山本七平)著のベストセラー『日本人とユダヤ人』では、ユダヤ人が日本人のことを「水と平和が只だと思っている」というくだりがありますが、この機会に日本人とユダヤ人の相違について考えてみることにしましょう。

 ◇ユダヤ民族の謎

 筆者は仕事やNPO活動でイスラエルとパレスチナへ2000年から毎年往来を続けています。それまでは中東に関する知識はゼロ。エルサレムを国と 勘違いしていたレベルでした。偶然フランスとの仕事で知り合ったイスラエル人から訪問を促され、ジャーナリストの盟友とエジプトからモーセの出エジプトの 足跡を辿ったのが始まりでした。そのイスラエル人は、後に駐日イスラエル大使となったエリ・コーヘン氏のことです。昨年の当協議会の全国代理店会議にて講 演をして頂きました。

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 イスラエルは第二次世界大戦後の1948年に建国され、周辺のアラブ諸国との闘いを続けている国です。未だにイスラエルを国家として承認せず、地 中海にたたき落とせという第一次中東戦争当時のスローガンを唱え続けている隣国もあります。そうした環境にあっては米国の軍事力の庇護が欠かせず、ユダヤ 系アメリカ人のロビイストたちが政権に影響を与えイスラエル贔屓の政策を断行させてきました。玉虫色の核保有を放置してこられたのも欧米のユダヤ人ロビー の力によるものです。

 イスラエルの人口は834万人で、内25%はアラブ系住民です。なぜイスラエル国内にアラブ系住民が4分の1もいるのでしょうか。それは、イスラエル建 国前にパレスチナ人が住んでいたからです。イスラエルの建国記念日はパレスチナ人にとって70万人が難民化した大厄災(ナクバ)の日なのです。逃げ損ねた 住民はアラブ系イスラエル人として生活しています。また、米国にはイスラエルのユダヤ人口とほぼ同数のユダヤ系アメリカ人が在住し、金融、マスコミ、 IT、ダイヤモンド、アート業界等を牛耳っている他、政界にも多くのユダヤ系議員が存在します。

 イスラエルでは男女共に徴兵されます(アラブ系市民と超正統派を除く)。当方のNPO活動では高校を卒業して徴兵される前の女子高校生を日本に招聘して パレスチナの女子高校生との対話と交流の場づくりをしています。徴兵されると必然的にパレスチナは敵として教え込まれるからです。昨夏にはガザ紛争が勃発 し、パレスチナのガザ地区(東京23区の約半分の面積)では市民1600人が死亡しました。内500人は子どもです。ガザ地区を拠点にするイスラム原理主 義組織ハマスとイスラエル国防軍との闘いに巻き込まれたのです。

 イスラエルもパレスチナも市民の多くは平和を望んでいます。両者の和平推進団体も数多く存在しています。にもかかわらず、双方の紛争は止まず、自 衛のために攻撃もやむなしというイスラエルの立場は崩れません。パレスチナ人も市民を盾に闘う過激派に辟易としながらも、福祉を担うハマスの資金に頼らざ るを得ない面もあります。パレスチナ難民を支援する国連機関、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)に日本も多額の資金を拠出していますが支援は なかなか行き渡りません。余談ですが、今年3月にUNRWAが運営する難民キャンプの小学校にて、NPO仲間でプロのローラースケーターの小泉博氏らとス ケート教室を実施してきました。

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 戦争は人間の尊厳や無辜の市民の命を容赦なく奪います。日本は戦後70年間で虎から羊になり、ユダヤ人(イスラエル人)は羊から虎になったと言わ れます。確かに日本人が平和ボケして仮想敵国による脅威を看過している面はあるでしょう。欧米に存在する戦争屋は日本を中東戦争に巻き込み、日本と中国の 敵対関係を煽りたくて仕方がないようです。中国や韓国の一般市民の多くも、日本人が戦争をしたがっていると考えているようです。

 ところが、旅行や仕事で来日すると誰もそんなことを考えてもいないことに気づかされます。中国人は共産党による反日教育や抗日テレビドラマを通じ て日本人が今も鬼軍曹であるかのように思っていますが、そんな人はどこにもいません。筆者は天安門事件当時、共産党による同世代の大学生に対する蛮行に怒 り心頭でした。戦車で容赦なく学生を轢き殺す光景は全世界にショックを与えました。西洋諸国による対中経済制裁が続きましたが、その制裁を翌年先進国で初 めて解除したのが日本だったことはすっかり忘れられています。

 中国共産党は四千年の歴史を喧伝しますが、元(モンゴル民族)や清(女真族)といった王朝もありました。また、第二次世界大戦において日本軍が 闘った相手は主として国民党であり、共産党はコミンテルンの作戦で国共合作を仕掛けて日本軍と戦わせ、終戦後に国民党を台湾に追いやり国を乗っ取ったので す。共産党政権の存続のために反日を唱え続けられては困ります。

 日本に謝罪を強要し続ける前に、共産党は自国民に対して行ってきた蛮行に対して謝罪すべきです。中国の知識人たちの多くは毛沢東の大躍進政策や文化大革 命で死に追いやられました。毛沢東による自国民の犠牲者は4000万人にのぼると言われています。チベットや東トルキスタンへの侵略や弾圧も続いており、 中国は経済大国化して民主化したように見せかけていますが中身は変わっていません。

 ちなみにコミンテルンは米国にも影響を及ぼしていたことが戦後60年を経た公文書公開により明らかになっています。ルーズベルト政権の中にはコミ ンテルンのスパイが多数存在しており日本と米国間の戦争を仕掛けたのです。真珠湾攻撃は事前に把握していたルーズベルトにとって格好の反日工作になったと いうものです。トンデモ話として片づけようとする向きもありますが、公文書で明らかになった事実です。

 筆者は決して戦争を美化し第二次世界大戦を正当化しようとしている訳ではありません。人種によらず第二次世界大戦の犠牲になられた人々に対して祈 りを捧げ世界平和を心から願っています。そのためには、市民同士が積極的に交流して誤解や偏見を取り除いていくことが重要です。国際ビジネスも和平を推進 するものです。不法滞在等の問題もありますが、訪日外国人は日本の理解者になる可能性を秘めています。そうした意味からも東京オリンピックは大きな契機に なることでしょう。

 311後に暴動も起きずに被災者同士が助け合う姿を見て世界中が驚愕したように、日本人には忘己利他の精神が内在しているようです。日本ではチッ プを払わなくても最高級のサービスが受けられることも驚かれることの一つですが、利他の心は『おもてなし』の精神にも通じています。日本人の間では常識で 普通になされていることが『信じられない』『不思議』となるのです。日本の本質は『経済大国』ではなく『精神大国』であり、日本人もその本質に目覚めてい くときがきています。

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 さて、引き続き歴史を遡ってみましょう。日露戦争前の世界は帝国主義諸国によるアジアの植民地化が進み搾取による苦痛を味わっていました。日本が 開国した理由の一つに、清国がアヘン戦争やアロー戦争によって英国に半植民地化されたことが挙げられます。抵抗しても無駄だと悟った訳です。江戸時代が始 まった頃にはイギリス、フランス、オランダは東インド会社を設立して武力を背景にアジア各国に進出して貿易を独占してきたのですから太刀打ちしようもあり ません。

 明治維新については話が長くなるので別の機会に譲りますが、日露戦争開戦前に同盟国の英国で戦費を調達した当時の日銀副総裁、高橋是清が戦時国債の購入 を説得した相手はヤコブ・シフというユダヤ人でした。シフがユダヤ人を弾圧していたロマノフ王朝を倒すために日本にやらせたことや、レーニンやトロツキー にも資金援助したことも明らかになっています。

 ユダヤ人も一枚岩ではありません。なにしろ旧約聖書によればヤコブの12人の息子から12の支族が生まれ、紀元前13世紀にモーセが出エジプトし た後、紀元前11世紀にイスラエル王国をカナンの地(現在のイスラエルとパレスチナ)に建国し、二代目のダビデ王が民族統一を成し遂げ、三代目のソロモン 王が第一神殿を築いたものの、死後に北のイスラエル王国(十支族)と南のユダ王国(二支族)に分裂してしまうのです。北王国はアッシリアに滅ぼされ、十支 族の消息は長年不明とされてきました。南王国もバビロニアに滅ぼされて第一神殿は破壊され連行されます。これをバビロン捕囚と呼んでいます。

 コーヘン元大使は十二支族の中でも祭祀を司るレビ族、コーヘン家の末裔であり、先祖はバビロン捕囚後にペルシャ王によって解放されチュニジアの ジェルバ島に逃れたそうです。イスラエルとイラン(ペルシャ人)は敵対していますが、実はユダヤ民族が解放されエルサレムへの帰還が叶って第二神殿を築く ことができた恩があるのです。

 コーヘン元大使の先祖は第二神殿が築かれるときにエルサレムへの帰還を促されたそうですが、「第二神殿もまた崩壊する運命にある」と予言して居留 まったとか。1948年のイスラエル建国時にご両親がチュニジアから移住したのですから実に二千五百年ぶりの帰還が実現した訳です。

 こんな話は世界広しと言えども、二千年以上の歴史を有する民族にしかできません。ヘブライ大学の名誉教授のベン・アミ・シロニー氏によれば、二千 年以上の歴史を有する家系は世界に3家系しか存在しないとのこと。それは、日本の天皇家、中国の孔子家、そしてコーヘン家とのこと。ユダヤ人は母系制で母 親がユダヤ人であれば子は自動的にユダヤ人となります。さらに、ユダヤ教に改宗することでユダヤ人になることもできます。

 そのような伝統の中にあって、祭祀を司るコーヘン家だけは父系制であり、万世一系の天皇家に通じるものがあります。世界中に遍在するコーヘン姓の 男性に共通するDNAが存在することも科学的に証明されたそうです。余談になりますが、コーヘン元大使が駐日大使であった折に、皇室の伝統行事の和歌を受 け継ぐ民間グループの友人からの要望を受け歌会を大使公邸で企画させて頂いたことがあります。

 コーヘン元大使は旧約聖書のダビデの詩篇を朗読したうえで、和歌を日本語でも披露されました。これには短歌愛好家の友人も感激したようです。日本 語もヘブライ語も神聖な言語とされ、日本語には言霊が宿ると言われますが、ヘブライ語も国が失われた二千年の間、旧約聖書が書かれた言語として受け継がれ てきました。口語として使われるようになったのはイスラエル建国の機運が高まった20世紀に入ってからのことです。

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 今日のユダヤ人は大きくヨーロッパ系ユダヤ人のアシュケナージとアジア・アフリカ系のユダヤ人のスファラディーに分けられますが、ユダヤ系アメリ カ人の多くはアシュケナージであり、スファラディー系のユダヤ人はコーヘン元大使のように古代イスラエル王国時代から中東やアフリカ、スペインに存在し続 けたユダヤ人のことを指しています。今も小規模ながらユダヤ人のコミュニティが残っているアラブ諸国もあります。

 筆者はアシュケナージとスファラディーの双方に友人がおりますが、アシュケナージ系のユダヤ人は古代イスラエル支族の末裔ではないのではという疑 念を抱いていました。すると、7世紀から10世紀にかけて東ヨーロッパを支配したハザール王国が7世紀半ばにキリスト教国とアラブ帝国の狭間でユダヤ教を 国教とした史実につきあたり、その末裔がアシュケナージであることが解明できました。

 スファラディー系のユダヤ人との出会いはコーヘン元大使ご夫妻が初めてであり、それまではアメリカのアシュケナージ系ユダヤ人の友人しかいません でした。ナチスによるホロコーストの犠牲者の多くがアシュケナージであり、当時、リトアニア副領事であった杉原千畝が発給した日本通過ビザ(命のビザと呼 ばれる)によって約6千人もの命が救われたこともありましたが、彼らはサバイバーと呼ばれています。サバイバーの多くは満州や日本を通過してアメリカに 渡ったのです。

 二十年前にロサンゼルスでお会いした老齢のアシュケナージさんもサバイバーの一人でした。ビバリーヒルズにブティックホテルを2つ所有し、ギャラ リーも経営していたのですが、ナチス政権下で絵画コレクションは持ち出せず袋に詰めたダイヤモンドを握りしめ命からがら逃げてきた話をしてくれました。筆 者のアートプロジェクトのパートナーであるニューヨーク在住のユダヤ人女性のご両親もサバイバーでしたが兄弟を収容所で亡くしています。

 仕事で出会ったユダヤ人の大富豪の父上はオランダ人として日本軍とインドネシアで戦い日本軍の捕虜となって非常に辛い体験をなさった話を伺ったこ ともありました。ユダヤ人は現在世界中で約1400万人しかおりません。東京都民とほぼ同数です。にもかかわらず、毎年ノーベル賞を輩出したり、世界各国 で重要なポストを握っています。ホロコーストで約600万人が犠牲となったと言われる中、なぜこのような力を持ちえたのでしょうか。

 それは、第二神殿の崩壊後2000年もの間、世界中を彷徨いながら旧約聖書の信仰の力で生き延びてきた彼らのDNAがそうさせているのではないで しょうか。中世においてお金は不浄なものでした。そこでお金を扱う仕事を得たのがユダヤ人だったのです。現在も欧米ではアンチセミティズムと呼ばれる反ユ ダヤ主義が横行していますが、へこたれません。アシュケナージ系ユダヤ人の一部は欧米各国の金融を支配している他、石油やエネルギーの利権も有していま す。

 現在筆者はパレスチナ研究を進めています。古代イスラエル人と古代パレスチナ人はアブラハムという共通の父祖をもちながらも争い合っています。近 親憎悪の典型でしょうか。DNAを調べるとアシュケナージとスファラディーよりも、スファラディーとパレスチナ人のほうが近いのだそうです。パレスチナ人 はアラブの中でもエリートが多く出稼ぎ先の周辺アラブ諸国において仕事ができると重宝されています。スファラディーとパレスチナ人やアラブ人は長年にわた り共存していたのです。

 失われた十支族の一部が大陸ルートや海のルートを通り日本に辿りついたという説がありますが、これについては別の機会にご紹介できればと思いま す。今回は日本が中東大戦争に巻き込まれていくのではないかという焦燥感から、ユダヤのおさらいをさせて頂きました。ユダヤ人のサバイバル精神の源泉を知 り、環境汚染時代を生き抜いていくためのヒントにして頂ければ幸いです。