岡山市の工務店 森材木店 注文住宅 リフォーム 岡山県岡山市南区灘崎町 倉敷市 玉野市

目に見えない環境汚染時代を生き抜くために28

◇アメリカ人の大富豪御一行の和風建築視察ツアー

 早くも今年の折り返し地点となりました。会員の皆さまの半期は如何でしたでしょうか?年を重ねるごとに月日の経過が速く感じられるようになるのは 心理学者によれば相対的なものだそうで、満1歳の赤ちゃんにとっての1日は365分の1ですが、還暦ともなれば21900分の1でしかありません。座禅な どで、今、この瞬間に意識を向けることでストレスから解放されるのは、時間が短く感じられ時間に追われる日々を送っている現代人にとって理に叶っているの かもしれません。

 6月30日には、全国各地の神社で半年間の無病息災を祈願する『茅の輪くぐり』が行われました。半年分の罪や穢れを神社に設営される茅の輪をくぐり人形 に移して祓って頂きます。これぞ神頼みですね。知らず知らずに住まいに塵が積もるように、心身の垢もたまっていくのでしょう。神社仏閣の参拝に限らず、と きには日常生活を離れて心の洗濯をすることも環境汚染時代を生き抜いていくコツと言えましょう。

blog150704-1.jpg


 先般東京で行われた特約代理店会議は終始熱気に包まれ、遮熱時代の本格的な到来を実感する機会となりました。施工事例報告では毎回全国各地の取組みが紹 介されますが、経験豊富な代理店のアドバイスを受けられるケースをはじめ、遮熱材を活用したアイデアコンテストなど、さまざまな創意工夫に今回も驚かされ ました。MBAコースでも事例研究に重点が置かれていますが、現場の力を全体益につなげる取組みが遮熱業界を率いる環境マテリアル推進協議会の強みである ことは間違いありません。

 アメリカ人の大富豪御一行の和風建築ツアー

 閑話休題。今回はかれこれ10年ほど前に通訳でアテンドした建築関係のプロジェクトをご紹介したいと思います。通訳業務もクライアントによっては5年間 の秘密保持契約を直接締結することがありますが、技術移転や製品開発などの企業秘密など、契約当事者の関係者として拘束されることがほとんどです。今回ご 紹介するプロジェクトについては問題はありませんが、転載は控えて頂ければ幸いです。

 通訳アテンドしたのはアメリカ人ご夫妻(以下、Cさん)で、建築家のフランス系アメリカ人(以下、Dさん)とそのパートナーを同伴して来日されました。 アメリカ人のご主人は数兆円もの資金を擁するファンドの代表者。欧米の大富豪には日本贔屓が多いと言われますが、それは日本というより日本文化に対するも ので、浮世絵や仏像、日本刀のコレクターはもとより、近年は一匹百万円もする錦鯉の買付けに来日する人も。

 明治維新以降、西洋に流れた浮世絵は当時の西洋絵画の巨匠たちを次々と虜にしていきました。バブル時代の象徴とも言われる損保ジャパン日本興亜美術館所 蔵の『ひまわり』を描いたゴッホは弟のテオと共に数百枚もの浮世絵をコレクションしていました。浮世絵に衝撃を受け、模写をしながら日本への憧れを募らせ ますが、ゴッホは日本の面影を追い求めて南仏に移住し、浮世絵の影響を受けた画法で『ひまわり』を描いたのです。

blog150704-2.jpg


 当時のヨーロッパにおける日本の美術工芸品のブームはジャポニズムと呼ばれていますが、アメリカにも明治時代に来日して日本美術の虜となったフェノロサ によって紹介され、その膨大なコレクションはボストン美術館に所蔵されています。美術工芸品のみならず、武士道や茶道、華道、歌舞伎や能をはじめ、日本庭 園や建築様式も世界的に評価されてきました。親日家のCさんご夫妻が来日したのは、和風建築の別荘を建てたいという動機からでした。

 別荘を設計するDさんによる視察も兼ねた和風建築のスタディツアーとして実施され、全国各地を短期間で飛び回りました。会員の皆さまでしたらどの ような行程を組まれるでしょうか?和風建築であればここを見逃してはならない、といった名所が全国各地にあることと思います。Cさんご夫妻は、伝統的な要 素だけではなく和モダンなスタイルの建築を希望されていることもふまえて訪問地が選定されました。

 プライベート・ジェットで来日した御一行を成田で出迎え向かった初日の宿泊先は、当時ソフィア・コッポラ監督の『ロスト・イン・トランスレーショ ン』という日本を舞台とする外国映画で紹介され人気を博していた西新宿のパーク ハイアット東京。1994年に設立された同ホテルの高層階の広々とした客室からは首都圏の街並みが一望でき、コンシェルジュも充実した外資系ラグジュア リーホテルの草分けの一つと言えるでしょう。

 筆者も超多忙の時期はストレスの多い東京での生活に嫌気がさしてくると同ホテルの最上階に位置するピーク・ラウンジでリフレッシュしたものです。 世界広しと言えど東京の人口を上回る都市がないことを実感でき、うさぎ小屋と揶揄されてきた日本の住宅事情を一望できる気持ちの良い空間です。皇居や新宿 御苑、明治神宮外苑や赤坂御所など意外に緑地が多いことにも気づかされます。

blog150704-3.jpg


 さて、御一行の夕食に選ばれたのは日本の伝統建築様式の数寄屋造りの店舗を渋谷セルリアンタワー東急ホテル内に開店した老舗料亭『金田中』。お茶 室での茶事の後に大広間に通されると、正面には違い棚の床、左手の障子の向こうには本格的な能舞台が控えていました。セルリアンタワー能楽堂では随時能や 狂言などの公演が上演されておりますが、当日は貸切りでパフォーマンスをお楽しみ頂きました。

 話が多少それますが、日本の伝統芸能の世界は厳格な師弟関係や階級制度の中で受け継がれているものの、観客が入らなければ立ち行かない世界でもあ ります。昨年、東京芸術大学の邦楽科出身の若手舞踊家の新たな発想による日本舞踊の舞台を観賞させて頂きました。ところが、満席でも収支はトントンで高価 な衣装代は自前、親の援助がなければ続けられないといった厳しい現実を目の当たりにしました。伝統芸能に限らず、漆や織物など職人の世界も後継者不足や需 要の減少が深刻化しています。

blog150704-4.jpg


 日本政府がクールジャパン戦略と称して日本伝統芸能文化の海外発信をスタートして10年以上経過しますが、ごく限られた企業や団体に多額の投資や支援が 行われている感が否めません。多方面からクレームも聞こえてきますが、若手育成などの長期的な支援が優先されるべきではないでしょうか。日本を訪れた外国 人観光客数は昨年過去最高の1341万人を記録し、2020年のオリンピックには世界中から大挙して押し寄せますので、受入体制を整備することで日本の ファンは自然に増えていくと思います。

 Cさんご夫妻のように、日本にいらっしゃったことがあり、表面的な観光やショッピングが目的ではない人々はリピーターになっていくことが見込まれます。 明治時代に来日したラフカディオ・ハーン(小泉八雲)やドナルド・キーンといった日本研究者は、日本人以上に日本のことを知る知日派の代表者でもあります が、日本人である私たちが日本のことをきちんと伝えられるよう勉強しなくてはならないと自省をこめて思うものです。

 Cさん御一行と翌日訪れたのは横浜の三渓園。さほど著名ではありませんが、主として江戸時代に建築され移築された重要文化財が10棟もあり、明治時代に 生糸貿易で財を成した原三渓のスケールの大きな取組みは一見の価値があります。原三渓は、17万5千平米に及ぶ園内を無料開園した他、美術品の収集や芸術 家の育成に力をいれました。原家から横浜市に寄贈・譲渡されると同時に財団法人三渓園保勝会が設立され今日に至っています。古い建築様式を効率的に観賞し て頂ける選択であったと言えるでしょう。

blog150704-5.jpg


 三渓園では重要文化財の建築物の一部を貸出しており、当日は桃山時代に建築された春草蘆(http://www.sankeien.or.jp/kokenchiku/shunsouro.html) という茶室を借り、お茶席を設けました。Cさんは武士道にも関心があり、客用の小さな入口、躙口(にじりぐち)で身を屈めて入室する意味を咄嗟に感じ取っ たようです。茶道の師範より茶道の歴史や作法を学び、狭い空間に存在する宇宙を楽しまれたようです。大柄な建築家のDさんはやっとのことで茶室に入ること ができましたが正座は最初からギブアップ。広大で起伏ある庭園内の散策にお疲れのご様子でした。

 翌日は伊豆半島に移動。交通手段はヘリコプター。都内のヘリポートからヘリコプターに乗り込み、富士山の眺望をお楽しみ頂きました。伊豆や箱根に数多く 存在する高級旅館の中で今回選ばれたのは修善寺の老舗『あさば旅館』。修善寺温泉と言えば、空海が807年に現地を訪れたときに湧出させた独鈷の湯が起源 とされ、同年に修禅寺を創建。時代と共に真言宗⇒臨済宗⇒曹洞宗と改宗されていきました。あさば旅館は、1489年に浅羽弥九郎幸忠が門前に開いた宿坊に 始まり、温泉旅館となってからも東日本を代表する格式ある宿として知られてきました。

 明治初期に建てられた木造2階建ての旅館に到着して先ず驚くのが立派な門構え。旅館に入るや眼前に広がる大きな池と対岸に浮かぶ能舞台にも驚かさ れます。明治後期に深川の富岡八幡宮から移設された能舞台では定期的に能や狂言などの公演が行われています。Cさん御一行はスケールの大きさに感激された 様子。老舗旅館の中には洋風のサロンもあり、ウエルカムドリンクを頂きながら若主人の説明に耳を傾けていました。夜は大広間での会席料理。源泉かけ流しの 内湯で寛ぎ浴衣姿で現れた御一行は、通訳泣かせの御献立のフルコースを堪能し、篠笛や新内流しなど闇夜に灯る幻想的な能舞台での余興にも大喜びでした。

blog150704-6.jpg


 館内のしつらえを含めて細部にわたり居心地の良さを生みだす空間づくりにDさんも感心していました。Cさんの奥さまは和洋折衷のサロンやデッキを 気に入られ、若主人の伝統を守りながらも新たなものを採り入れていこうとする姿勢にも共鳴された様子でした。御一行全員が毎晩のように指圧を受けることに なるのですが、Dさんには強すぎたのか揉み返しが辛いご様子でしたが、全員が細やかなおもてなしに感激されたご様子でした。

 翌日は伊豆の国市にある重要文化財の江川邸と今般世界文化遺産への登録が勧告された明治日本の産業革命遺産の韮山反射炉及び沼津御用邸を視察しま した。江川家の現当主は41代目で、江川邸は1600年頃に建てられています。江戸時代はお代官さまとなり役所跡も敷地内にありますが、住居に入ると50 坪もの土間や太くて長い柱や天井高く組まれた梁に目を奪われます。沼津御用邸は、明治期から昭和中期まで利用されていた木造平屋の建物です。昭和天皇が幼 少の折に育った場所でもあることから、吟味された材料や建具、家具が使われた26室もある部屋それぞれの特長を書き留めながら視察されました。

 次なる目的地は京都。再びヘリコプターで一気に京都の東山まで飛んでいきました。途中で御一行が感激したのは仁徳天皇陵。古墳時代の天皇の典型的 な陵墓であることを伝えると言葉を失っていました。筆者も初めてみる巨大な前方後円墳の姿に感動し、先月は初めて古墳群を訪ねて参りました。前方後円墳の 近くまで行ってみましたが、ただの森林にしか見えずじまいでした(当たり前ですが)。観光客相手にヘリコプターで古墳見学の遊覧飛行ができればヒットしそ うなものですが飛行場も多く航空規制があるのでしょうか。

blog150704-7.jpg


 到着したのは東山の中腹にあるヘリポート(といってもただの空き地)でした。京都の宿泊先は言わずと知れた老舗の『柊屋旅館』。木造二階建ての数 寄屋造りの旧館には、1818年に運送業と海産物商を始めた初代に続き、鍔目貫の匠でもあった二代目が始めた宿の伝統が所狭しと詰め込まれています。幕末 の志士たちや皇族方、林芙美子や川端康成を始めとする著名な文人たちが愛した宿としても知られています。町家風のしつらえを感じさせる玄関口や階段、中庭 にも目をみはります。

blog150704-8.jpg


 客室の障子や襖、欄間や床はもちろんのこと、屏風や襖絵、掛軸に生け花、どれをとっても古都の格調の高さを物語っています。夕食の京料理はお部屋 でとりましたが、御一行は連日の和食に飽きてしまわれたご様子。朝食は全員洋食でお願いしました。通訳アテンド業務は通訳だけでなく、ロジのアレンジや変 更など24時間体制でリクエストに応じなければならず、京都に到着した頃には疲れがでてしまい口内炎がひどい状態でした。そうした中で頂いた和朝食、特に 湯豆腐の美味しさは忘れられません。

 御一行の京都観光は、洋朝食後のスターバックスコーヒーからスタート。日本画家の橋本関雪がアトリエとして造営した白沙山荘をはじめ、清水寺から 清水坂〜三年坂〜二年坂を下るお決まりのコースをご案内。夜は数寄屋建築の老舗料亭、高台寺和久傳にて会席料理。もういい加減にしてくれ、と言わんばかり の不機嫌な御一行でしたが、芸者さんたちが現れるやいきなりテンションは最高潮に。芸者さんたちに勧められるがままお酒やお料理を楽しんで頂けたのでし た。

 翌日は九州への移動。関西空港からプライベート・ジェットで大分空港へ。大分空港からは車で重要文化財の近代和風建築が有名な料亭『的山荘』へ。 別府湾を見下ろせる絶景に魅せられながら最終日の宿泊先となる湯布院の山荘無量塔(むらた)に向かいました。湯布院盆地を臨む山間に建てられた全12室が 離れの宿に到着すると歓喜の声があがりました。日本各地から移築改装し洗練された家具や調度品でしつらえた古民家が周囲の自然に溶け込むように佇んでいま した。

 Cさんの奥さまは「私が求めていた和モダンの建築はこれだわ!」とご満悦な様子。最終日に最高の場所に来られた幸運に感謝したものでした。ちなみ に筆者が泊まった部屋はフランクロイド調の洗練されたインテリアが特長のスイート。Cさんご夫妻は古民家を1棟まるごと改装し明治の別荘と名づけられた客 室でした。併設された美術館をはじめ、館内にあるバーやレストラン全ての空間を余すところなく堪能されたご様子でした。

blog150704-9.jpg


 オーナーの藤林さんはお亡くなりになったようですが、当時はお元気で御一行の細かな質問に一つ一つ丁寧に答えて下さったことが忘れられません。湯 布院はアートをとりいれた町興しの成功事例として有名ですが、観光で訪れサイクリングで街を巡っていたので土地勘もあり、ご案内もスムーズにいきました。 夕食時に今回の視察を一人ずつ振り返られましたが、日本の素晴らしさにすっかり魅了されたとのこと。作務衣姿や浴衣姿も板につき日本人同士で話し合ってい るような錯覚に陥りました。

 その後、どのような和風建築の別荘が建てられたのかは知りませんが、恐らく古民家風の和モダンなスタイルになっているのではないかと想像します。 今回のアテンドで分かったことは、敬虔なカトリック教徒である彼らが大富豪であることを美徳とは切り離していたことです。中世ではお金は不浄なものと見な されていた歴史的な背景によるものかもしれません。だからこそ、チャリティ活動や社会貢献にも力を入れられるのでしょう。不機嫌になることはあっても傲慢 な態度は一切なく、謙虚に学ぶ姿勢は最後まで崩れることはありませんでした。

 大分空港に向かう車中でCさんご夫妻に一期一会という言葉を贈ったところ、言葉の意味を感じとって下さったようでした。NY在住の建築家のDさん には仕事で往来していた折に何度かお会いする機会がありましたが、アーティスト活動も始められ油絵の展示会も開かれていました。お会いする度にパートナー が入れ替わっているところがDさんらしいところでしょうか。今回は和風建築というキーワードでお届けしましたが如何でしたでしょうか。ご縁を大切に日本の 素晴らしさをこれからも伝え続けていければと思います。

blog150704-10.jpg