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目に見えない環境汚染時代を生き抜くためにP

 残暑お見舞い申し上げます。台風に伴う豪雨が猛威をふるっておりますが、被災された地域の皆さまに心よりお見舞い申し上げる次第です。台風12号 の影響により四国で記録的な大雨が続いており、高知では多いところで雨量が降り始めから1000ミリに達し、平年の8月全体の雨量の2倍〜3倍にもなる異 常事態となっています。予測が難しい局地的なゲリラ豪雨はヒートアイランド現象が原因の一つとも言われており、ゼロメートル地帯の多い都心において大きな 被害をもたらす可能性がありますので要注意です。

 前回の記事では世界各地で頻発している異常気象や自然災害の状況をはじめ、自然災害リスク管理の重要性についてまとめさせて頂きました。また、2030 年までに90億人の都市部の人口を支えるためのインフラ投資が世界的に約60兆ドル(約6000兆円)必要とされることや、アジアにおける電力需要が20 年後には150%増加して世界の電力需要の60%を占めるようになるという世界経済予測をご紹介させて頂きました。

 その後、ふと考えこみました。これまでと同じ大量生産、大量消費、大量廃棄を繰り返しながら経済成長を追い求めても、恐らく地球環境も人間環境も、そこ までもたないのではないかと。経済活動そのものを否定して生きていくことはできませんが、日本においては省エネ推進可能なインフラやライフスタイルの構築 を加速化し、その技術やノウハウを都市部への人口集中が進む途上国に移転していくことが急務ではないかと。国際協力という名のもとで行われてきた開発の結 果、途上国の各地には使われない建物や壊れてそのままになっている機材類が無数に点在しています。環境アセスメントや事前事後評価は必ず行われているはず なのに、、と不思議に思うものです。

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 電力需要が増加する中、エネルギー消費大国中国は原発に舵を切り、273基もの建設計画を沿岸部中心に推進しています。まるで日本の高度経済成長期のよ うですが、数多くの不安材料も残しています。中国ではPM2.5の問題を始めとする環境汚染が深刻化し、クリーンエネルギーとして原発が注目されています が、福島の原発事故をうけて炉心溶融を起こさず発電効率も軽水炉に勝る高温ガス炉というタイプの原発に計画変更されるケースも見受けられます。

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 原発を建設しても、その保守管理、運用を行うのは人です。人材が育たなければ万が一の事故にも、核のゴミの処理も、廃炉にも取り組むことができません。 日本では福島第一原発の事故以降、原子力技術者を目指す学生の数が減っているそうです。また、原子力の技術者も転職が相次ぐなど、技術やノウハウを持つ人 材が先細りになっていくことが予見されています。しかしながら、今後の政策にかかわらず、現在も全国の原発建屋の貯蔵プールにおいて冷却されている大量の 使用済燃料棒がある限り、その保管作業、再処理、廃炉等に必要な人材は確保しなければならないでしょう。

 核の問題については別の機会にとりあげたいと思いますが、一つだけエピソードをお伝えしたいと思います。かれこれ20年程前のことですが、東大の某研究 室に知人の紹介で連れていかれたことがあります。そのときに耳を疑うような話を伺いました。「佐藤さん、チェルノブイリの原発事故はご存じですよね。その ときに政治家や官僚、東大等の研究者には放射性物質が日本に流れてくる前に警告と共に共にヨウソ剤が配布されたのですよ。」とのこと。

 下の写真にも描かれているように、チェルノブイリ原子力発電所から放出された放射性物質は欧州全域のみならず遠く離れた日本にもやってきたので す。1986年に起きた災害ですが、今も未だ闘いは続いています。ウクライナの首都キエフの北西に位置するチェルノブイリの原発事故は、翌日スウェーデン が気づいて調査を開始したため2日後に事故があったことを認めて発覚しました。その間に地域の人々は被ばくしてしまったのです。

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 311のときも、パニックを恐れて情報が後出しになるなど同じようなことを繰り返していましたが、筆者も政府の発表は信用せずにドイツや北欧など海外の 研究機関の報道や発表をフォローしていました。後日、国会、政府、民間、東電とそれぞれ4つの事故調査委員会が設けられ、昨年全ての報告書が提出されまし たが、その中で、『失敗学のすすめ』などの著書で有名な東京大学名誉教授の畑村洋太郎氏が委員長を務めた政府の事故調査委員会の記者会見に臨みました。そ の内容は痛烈な批判に満ちたもので安堵しましたが、その教訓が生かされなければ意味がありません。

 いずれにしても、昨今の論調は、「このままでは貿易赤字が増え続ける」「電力ピーク対策が喫緊の課題」「老朽化した火力発電所を使い続けることは危険」 と原発再稼働を推進する動きが報じられていますが、今こそ、国民一人一人が省エネを実践し、原子力や化石燃料に頼らない再生可能エネルギーの普及に尽力す べきときです。

 リフレクティックスは国内需要のみならず、都市化が進むアジアにおいても省エネ建材の切り札になると思われますが、国内においては、さらなる省エネの工 夫をはじめ、日本の産業界や地方自治体における取組みが盛んなゼロエミッション型都市を補強するマテリアルとしてさらなる普及を願うものです。

 廃棄物に付加価値を創出して再利用し、最終的にはゼロにしていく「ゼロエミッション」の概念が1994年に東京の国連大学で提唱されてから20年がたった今、改めて、ゼロエミッションの歩みについて振返ってみたいと思います。

 地球規模で環境問題が議論されるようになったきっかけは、1972年にローマクラブが発表した『成長の限界』に拠るところが大きいと言えましょう。これ までの大量生産や大量消費、大量廃棄を続けていくと、資源やエネルギーが枯渇し、環境汚染も自然界の許容範囲を超えてしまうことに対する警告書として世界 中に大きな衝撃を与えました。

 さらに同年、113か国の代表が参加し、ストックホルムで開催された国連人間環境会議(通称:ストックホルム会議)にて「人間環境宣言」「世界環境行動 計画」が採択されました。これは、国連が環境問題に取組んだ初めての会議であり、同年末に国連環境計画(UNEP)が設立される契機となりました。日本に おいては、1960年代に生じた四大公害問題に対処すべく1971年に環境庁が発足しています。

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 1973年の第一次石油ショック時は、石油依存度の高い日本における打撃は特に大きいものでしたが、各分野で積極的に省エネ、減量経営、技術革新 等に励んだ結果、省エネ型産業構造への変革と共に世界最高水準の環境保全技術開発を成し遂げ、国際競争力を高めることになりました。

 1988年には「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC: Intergovernmental Panel on Climate Change)が設けられ、1992年に約180カ国から首脳や官僚、NGO関係者ら2万人以上が集まり「環境と開発に関する国際連合会議」(通称:地球 サミット)がブラジルのリオで開催されると、そこで「気候変動枠組条約」が採択されました。現在も語り継がれる当時12歳の少女、セヴァン・スズキが地球 サミットの本会議で行った伝説のスピーチは今なお心に響くものです。是非耳を傾けて頂ければ幸いです。


(セヴァン・スズキのスピーチ)


 ゼロエミッションという概念は、1994年に当時の国連大学の特別顧問として日本に滞在していたグンター・パウリ氏によって発案・提唱されたものです。 ベルギー生まれの同氏は、1991年当時、環境に優しい洗剤のヨーロッパ初の工場を建設し、環境事業のパイオニアとして非凡な才能を発揮していました。

 ところが、ヨーロッパでは河川の浄化に貢献していた生分解性の原料が、東南アジアのヤシ油とココ椰子のプランテーションに依存していたことから、需要が 増すにつれて熱帯雨林の破壊を進めてしまいました。しかも、その製品は、プランテーションで発生するバイオマス(量的生物資源)の5%未満しか使用せず廃 棄物の大半が焼却処分されていた事実を目の当たりにしたことがゼロエミッション(排出ゼロ)のシステム研究を始めるきっかけとなりました。

 ある産業から出る廃棄物を新たに他の分野の原料として活用し、あらゆる廃棄物をゼロにすることで、新しい資源循環型の産業社会の形成を目指す「ゼロエミッション構想」を、他国に先駆けて先進的に導入を試みたのが日本でした。

 ゼロエミッション構想は、3Rといわれる削減(リデュース)、再利用(リユース)、再生利用(リサイクル)計画が、個別に特定の事業内において行われて いることと異なり、異業種間連携が不可欠であることから、工業団地のような産業クラスタや市町村などの自治体で取組むことで大きな成果をあげることができ ます。

 ゼロエミッションの達成度を評価するツールとして有効な、資源の採取から製造、使用、廃棄、輸送など全ての段階を通じた環境負荷評価であるライフ・サイ クル・アセスメント(LCA)は、1997年に国際標準化機構(ISO)においてISO14000シリーズで国際標準化が行われています。

 日本において、水力を除く再生可能エネルギーの電源構成に占める割合は、2012年の時点で全体の1.6%に過ぎません。ドイツ(14.7%)、スペイ ン(18.5%)、イギリス(6.2%)、アメリカ(4.4%)と他国と比べても低水準になっています。2002年に日本政府が策定した地球温暖化対策推 進大綱において、化石燃料の代替としてバイオマスや自然エネルギーに代表される新エネルギーを2010年までに3%まで上げていく計画が推進されていまし たが、実現できませんでした。

 パウリ氏によれば、人類の消費エネルギーをバイオマス利用可能エネルギーは大幅に上回っているとのこと。振返ってみれば、19世紀半ばまでは世界 全体で消費されるエネルギーの約80%がバイオマスだった訳で、新エネルギーという範疇にありながらも、太古からのエネルギーであったという意味では今後 のさらなる復権が期待されます。

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 21世紀のゼロエミッション構想は、20世紀のオイルリファイナリー(石油精製)に代わる、バイオマスからの大規模な化学品、エネルギー生産を意味する 「バイオ・リファイナリー」への移行を後押しするものであり、バイオ・リファイナリーを実現に導く技術は、「ポスト・ゲノム」のバイオテクノロジーを基盤 に生み出され研究開発が進められています。

 バイオマス資源は大きく分けて二つあります。

 廃棄物系バイオマス
建設発生木材、紙、家畜排せつ物、食品廃棄物、黒液、下水汚泥、屎尿汚泥等

未利用バイオマス
稲わら、麦わら、籾殻、林地残材(間伐材、被害木など)、資源作物、飼料作物、
でんぷん系作物等

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 増え続ける化石燃料からの二酸化炭素の排出を抑え、バイオマスの活用をさらに推進していくことが求められています。

 ゼロエミッションのコンセプトを理解するために、幾つか事例を挙げてみましょう。

 パウリ氏が95%を廃棄していたというココ椰子ですが、実は、油や酸の供給源のみならず、セルロースの製造元やリグニンなどクリーンな燃料の供給 源にもなり、細やかな繊維はパーティクルボード(建材)やココピート(農業用資材)として再生したり、ココナツ・オイルからビタミンEを抽出したりと多岐 多用な利用が可能なバイオマスであることが判明しました。

 パウリ氏は国連大学においてゼロエミッション研究構想(ZERI:Zero Emissions Research and Initiative)をたちあげ産官学の世界的なネットワークを構築し、1996年にZERI財団を国連開発計画(UNDP)とスイス政府の出資により 設立しました。

 同財団では数多くのゼロエミッションプロジェクトを世界各地で推進していますが、コロンビアでは、コーヒー地域で竹を機材にした持続可能なファー ムハウスを建設し、単一作物(コーヒー)農園から5品目の生産を実現しました。虫除けに使うハーブをハーブティーとして製品化し、コーヒーの廃棄物を苗床 にキノコを生産している他、コーヒーの木に日陰を提供するバナナの木からは乾燥バナナをつくり、竹製品を加えて一つのパッケージとして販売することで、生 態系を壊すことなく農家の生活改善を実現しています。

 日本はコーヒーの輸入消費大国であり、インスタント以外のコーヒーの残渣は廃棄されてしまう未利用バイオマスでもあるので、全国のコーヒーチェー ンに依頼して残渣を集め、キノコを栽培してはいかがでしょうか。ブラジル以外にも、アフリカや太平洋諸国などの途上国をはじめ、アメリカでも若手の起業家 がオーガニックのしいたけ栽培にチャレンジして成功を収めています。ZERIジャパンが栽培方法を詳しく説明していますので、ご関心のある方は下記リンク をご覧ください。

 http://www.ciaojapan.org/index.html (ゼロエミッション式キノコ栽培普及会)

 今回はゼロエミッションをとりあげてみましたが、是非、皆さまの身近にあるバイオマス資源からゼロエミッションプロジェクトを検討してみてはいかがでしょうか。