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目に見えない環境汚染時代を生き抜くためにI

 今年も残すところ僅かとなり、一年間を振り返る時期となりましたが、平成25年、2013年は会員の皆さまにとってどのような年でしたでしょうか?本年の目標を達成された方もされなかった方も来年のご発展を期待しております。

 佐藤理事長のブログでもご報告がございましたが、先月は第三回環境マテリアル推進協議会全国大会が紅葉の美しい京都にて開催されました。筆者もトカルス キー社長の通訳としてアテンドさせて頂きましたが、全国から代理店の皆さまがご家族と共に参加され、大変華やかな実り多き大会となりましたことを改めてお 祝い申し上げます。

 日本大学工学部の出村克宣学部長からは、リフレクティックスの本格発売から10年目を迎え、社会的な認知度も上がり導入実績も飛躍的に伸長していく過程 にあるように、10年又は10000時間という節目においては成長曲線が成果として人間の努力を上回るようになるという法則をさまざまな事例を交えてご説 明頂き、参加者の皆さまも勇気づけられたことと思います。

 白石康次郎氏の基調講演においては、これまでの同氏の歩みを動画で振り返りながら海洋冒険家として築いてきた数多くの記録の裏側にある失敗談や努力、気 づきなど悲喜こもごものお話を頂きました。同氏も海上に滞在した時間が10000時間になったのではとのことで、数年後に世界で最も過酷と言われるヨット レースに参戦する決意を述べられましたが、日本のみならずアジアを代表し、ご本人が目指す成果を期待したいと思います。

 社団法人おいしさの科学研究所の山野善正理事長も、同研究所を設立されてから10年が経過し、ようやく成果が現れるようになってきたと仰せでした。佐藤 理事長を初め、白石氏や山野理事長とは今年で10周年を迎えるまごころフォーラムでも時折ご一緒させて頂きましたが、互いに共鳴し合う信念や日本人魂を改 めて実感する機会となりました。

 この場をお借りして、佐藤理事長、奥田副理事長をはじめ、最優秀賞、優秀賞、敢闘賞を受賞された皆さま、全国から集まられた会員企業の皆さま並びにご家族の皆さまのさらなるご健勝とご発展を心より祈念致します。

 さて、今回来日されたトカルスキー社長が率いるリフレクティックス社ですが、本社はアメリカ合衆国北東部にあるインディアナ州のほぼ中央に位置していま す。州都であるインディアナポリスの近郊にありますが、西隣のイリノイ州の州都であるシカゴ経由で来日されました。リフレクティックス社訪問の計画も将来 的に検討されているようですのでインディアナ州についても調べておきたいと思います。

 インディアナ州は米国で最も製造業が集積している州であり、日系企業も大手自動車関連の製造業を中心に200社を超える企業が進出しています。全米に張 り巡らされた州間幹線道路(インターステート・ハイウェイ)の最大数8本が通る交通の要衝として州のモットーも『アメリカの十字路』となっています。イン ディアナ州で製造された製品は24時間以内に全米の80%の市場に納品できるそうです。

 余談となりますが、全米の州間幹線道路の制限速度は1995年に撤廃されており、各州に委ねられているとのこと。最高速度を時速65マイル(約105キ ロメートル)のまま維持している州や、75マイル(約121キロメートル)に引き上げた州もあります。最高はテキサス州の85マイル(約137キロメート ル)ですが、北東部には制限速度が遅い州が多く、南部や南西部はその逆だそうです。州間幹線道路のほとんどが無料で車線数も多く全米の経済を支える重要な インフラとなっています。

 筆者も速度制限が撤廃される前から主としてカリフォルニアで車を運転しており、近年はロサンゼルス近郊などでラッシュアワーにおける渋滞が珍しくなくな りましたが、20年前はどこに行くにも空いていて、ふと気がつくと80〜90マイルで走行していたことを思い出しました。無謀な運転をしていたものだと我 ながら恐ろしくなります。現在もアメリカ西海岸へ出張する折は国際免許を取得して参りますが、欧州や中東は未だにマニュアル車が多いので次回はマニュアル 車にも挑戦してみたいと思っています。

 アメリカ中部はイリノイ州のシカゴ以外は未知の世界ですが、トカルスキー社長を初め中部ご出身の方々の多くは敬虔なキリスト教信者であり、伝統的 にゲストを厚くもてなす保守層でもあるようです。インディアナ州には移民当時の生活様式を守っているアーミッシュの方々もおられるようですので、車の代わ りに馬車を使い、電気や通信機器を現代においても用いない人々の生活も取材してみたいと思っております。

 さて、話題は全国大会に戻りますが、トカルスキー社長への参加者からの「リフレクティックスはスペースシャトルに利用されているのでしょうか?」 というご質問に対し、「NASA(米国航空宇宙局)は政府機関であるため、どこのメーカーの素材を採用しているか公表はしておりません。但し、リフレク ティックスが採用されていることは確かなことです。」といったやりとりがありました。

 そこで、今回は手前みそで恐縮ではありますが、筆者が手がけたNASAとのプロジェクトについてご紹介させて頂きます。

 筆者が環境問題に深く関わることになったきっかけの一つが前回ご紹介させて頂いた国連グローバル・フォーラムでしたが、それ以前の大学生のときに通訳ボランティアで参画した国際会議と実行委員会で出会った人々とのご縁が人生を大きく変えるきっかけとなりました。

 ときはバブルがはじける直前の1990年12月。バブル経済が崩壊の予兆を見せ始めていたときに地球環境や新たな価値観の創造を目指した国際会議が開催されました。
国際会議の内容については別の機会にご紹介できればと思いますが、あるとき実行委員会のボランティア仲間が見せてくれた宇宙の絵に心打たれ、個展に足を運ぶようになりました。

 それは、「宇宙は芸術である」とのテーマのもとに、宇宙のダイナミックな光、美、調和をテーマとした絵画を描き続けている佐和貫利郎さんの作品で した。宇宙から見た美しい地球の姿を多くの人々に実感して頂き、地球環境保護や平和な社会の実現のために活用して欲しいというアーチストの意を汲んで ニューヨークの国連本部に赴き、平和の文化を推進する啓発活動を国連NGOと共に2004年にスタートしました。

 平和の文化といってもピンとこないかもしれませんが、そもそも紛争地域に生まれた子どもたちには平和の概念そのものが存在せず、その価値観を啓発してい く必要があることや、紛争後においても平和の文化を築いていくための行動計画や規範が求められます。ノーベル平和賞の受賞者たちが集まって平和を醸成して いくために必要な価値観について議論し下記の6つの標語にまとめました。また、国連も2001年から2010年を「世界の子どもたちのための平和と非暴力 の文化国際10年」と定め、全会一致で決議されました。

 RESPECT ALL LIFE        あらゆる生命を尊ぼう
REJECT VIOLENCE         暴力を拒絶しよう
SHARE WITH OTHERS       人々と分かち合おう
LISTEN TO UNDERSTAND     理解するために耳を傾けよう
PRESERVE THE PLANET      地球を守ろう
REDISCOVER SOLIDALITY     連帯を再発見しよう

 あらゆる人種や宗教、国境や性別、信条などを超越したところにある6つの価値観が地球レベルで共有できるようになれば地球も平和な惑星になれるの でしょう。ところが、世界は紛争やテロ、暴力や貧困、環境破壊など人間の営みによって生じるさまざまな災害に取り巻かれています。『戦争は人の心の中で生 まれるものであるから、人の心の中に平和の砦を築かなければならない』という憲章を掲げる国連機関のユネスコが中心となって啓発は続けられてきましたが、 ほとんど知られていないのが現状です。

 ニューヨークの国連本部で開催されるチャリティイベントや国際会議での標語ポスターの展示などの活動を続けていると、2006年には日本の国連加 盟50周年を記念して日本郵政公社より発行された「国際文通週間 国連加盟50周年」記念切手のデザインに採用され、同時期に国連郵政局より平和の文化を 推進する国連切手シートも国連が定める国際平和デーに発行されることになりました。

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 その後、国連での活動とは別途パブリックアート展開を検討するにあたって、かねてより筆者の頭の中にはNASAの四文字があり、宇宙飛行士に宇宙 アートをご覧頂いて感想を尋ねてみたいと思っておりました。すると、2007年にワシントンD.C.にあるNASA本部でのプレゼンテーションのチャンス が訪れました。もちろん、そこに至るには長い道のりがありましたが、「念じれば花ひらく」という坂村真民さんのお言葉にあるように、不思議なご縁で NASAへの道が開かれたのです。

 NASA本部内の部屋に通されると、スタートレックにでてくるような見目麗しい女性幹部が現れ、あたかも宇宙船の内部に入ったかのような錯覚に陥りましたが、彼女を初めとする職員の方々に温かく迎え入れて頂き、肩の力を抜いてプレゼンテーションを行うことができました。

 NASAは、米国を中心とする著名な宇宙画家の作品を収集し、ケネディ・スペース・センターなどの施設で、広く一般に公開するアートプログラムを もっているのですが、是非そのプログラムに参画して欲しいという展開となりました。青天の霹靂とはこうしたことを指すものだと思いましたが、図らずも、日 本人アーチストとして初めてNASAのコレクションに加わることになったのです。

 しかも、翌年三月にスペースシャトル・エンデバー号で日本実験棟「きぼう」の第一便が打ち上げられるのを観賞したうえで寄贈作品を制作して欲しいという依頼が入り、NASAのご招待で佐和貫ご夫妻と共にケネディ・スペース・センターに向かうことになりました。

 スペースシャトルの打上げには毎回世界各国から花火大会のように人が大勢集まるのですが、打上げの前夜には日本で初めてスペースシャトルで打ち上 げられることになった「きぼう」のJAXA(宇宙航空研究開発機構)のチームも現地入りしており、その前夜祭に参加させて頂きました。米国のイニシアチブ の下に、日本、ロシア、欧州、カナダなど、15ヶ国が参加、協力する国際宇宙ステーション(ISS)に初めて日本の実験棟が打ち上げられることとなり、祝 賀ムードの中にも緊張した空気が流れていました。エンデバー号には土井隆雄宇宙飛行士が搭乗して船内保管室の取付けや整備を行うことになっていました。

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 さらに、打上げ当日の早朝よりスペースシャトルの格納庫をはじめ、メンテナンスを行っている施設や打上げ現場などの特別見学会にも参加することができま した。最初に訪問した施設ではスペースシャトルのメンテナンスを行っておりましたが、未だ7名の宇宙飛行士が犠牲となったコロンビア号の空中分解事故のト ラウマが色濃く残っていることを実感しました。

 2003年の事故原因は、打上げの際に外部燃料タンクの発泡断熱材が空力によって剥げ落ち、その破片が左主翼前縁を直撃したことによって、大気圏 再突入の際に生じる高温から機体を守る耐熱パネルを損傷させたことでした。コロンビア号は宇宙に到達した初めてのスペースシャトルであり、向井千秋さんも 搭乗経験のある、人類による宇宙開発のシンボルでもありました。それだけにコロンビア号の事故は米国のみならず世界中に衝撃を与えました。

 スペースシャトルの断熱材には慎重に検査や実験が繰り返されたうえで幾つかのタイプのものが採用されているとのことで、見学会当日も耐熱タイルを点検し ながら作業に勤しむ作業員の姿が印象的でした。宇宙飛行士の子どもたちが描いた絵や、作業員の行動規範が示されたボードをはじめ、スペースシャトルのミッ ション毎に作成されるエンブレムのパネルやアートプログラムの絵画などが壁面に展示されていました。

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 当日は天気も晴れて早朝には彩雲も現れ、翌日の午前2時28分に計画されている打上げが成功することを確信しました。既に全てのスペースシャトル の退役が決まっており、真夜中の打上げは最後のチャンスでもありました。格納庫は巨大な建物で驚きましたが、スペースシャトルをはじめ、固体ロケットブー スター、外部燃料タンクなど打上げに必要な全てのパーツが格納されている姿はまさに壮観でした。

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 当日の説明は、NASAの現役宇宙飛行士が担当して下さったのですが、体験談を交えつつ、"for tax payer"(納税者の皆さまのため)と事あるごとに表現しながらもNASAの存在意義の主張を忘れず、非常に低姿勢且つ懇切丁寧に解説されている姿が印 象的でした。納税者のおかげで公務が果たせるという意識が日本とは異なり強いのです。今年の10月には新年度の予算が成立せず、政府機関であるNASAも 職員が自宅待機し、ホームページも閉鎖される事態に陥っていたことはご承知の通りです。

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 夜の帳が下りて打上げ時刻が近付くと、観客席に設けられた電光掲示板とアナウンスでカウントダウンが始まり、エンデバー号の発射時刻となりまし た。入江の向こう側の打上げ場所は点火されるまで判別しにくかったのですが、メインエンジンが点火されるやスペースシャトルが暗闇の中から姿を現し、バタ バタバタバタとものすごい轟音をたてながら雲の中に消えていきました。空気の振動が肌に伝わって全身が震え、正しく鳥肌が立った瞬間でした。

 佐和貫利郎氏はそのときの感動をキャンバスにぶつけて「きぼう」第二便のスペースシャトルの打上げが決まっていた5月31日の贈呈式に間に合うように作 品を制作し、筆者は再びケネディ・スペース・センター本部に佐和貫夫人と共に赴き、JAXAの立川理事長や福田参事も立ち会って下さる中で寄贈作品「セン トラル・エナジー」(CENTRAL ENERGY)の贈呈式と除幕式に参加して参りました。贈呈式の模様はまた機会があればご紹介できれば幸いです。

 一年間、拙ブログ記事にお付き合い頂きまして誠にありがとうございました。年の瀬にあたり、皆さまのより一層のご健勝並びにご発展をお祈り致します。良いお年をお迎えください。

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