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目に見えない環境汚染時代を生き抜くためにB

環境マテリアル推進協議会の会員の皆さま、桜前線が日本列島を上昇中ですが、如何お過ごしでしょうか。

お 花見の報道ではマスク姿の花見客も映し出されておりますが、外国人からは「日本は大丈夫なのか」と問われる始末。注意してみると確かに道行く人々の四人に 一人はマスクをかけており、花粉症やPM2.5などの影響とはいえ異様だと思われるのも仕方ありません。花粉症患者にとっては桜前線よりも花粉前線が気が かりなのでしょう。

今回は、佐藤理事長のお話にも度々登場する電磁波過敏症についてとりあげてみたいと思います。人工的な電磁波に囲まれ るようになった私たち人間が知らず知らずに罹患する危険性が高まっている新種のアレルギー、電磁波過敏症。花粉症の最初の報告は1960年代でしたが、今 となってはありふれたアレルギー疾患となったように、電磁波過敏症も1970年代に最初の報告が行われており、同じ道を歩んでいくと世界各国の科学者が予 見しています。

筆者自身も原因不明のさまざまな症状に悩まされてきたことなどから電磁波による生体影響の調査研究を1997年に始めると、同じ症状を有する電磁波過敏症患者が全世界に存在することを初めて知るに至りました。

具体的な症状としては、電磁波にさらされることによる頭痛や眩暈、吐き気や呼吸困難、動悸やけいれん、倦怠感などが挙げられます。近年クローズアップされるようになった化学物質過敏症やシックハウス症候群と呼ばれる症状と非常に似ていることも特徴です。

筆 者が物心ついた1970年代は三種の神器と言われた白黒テレビや洗濯機、冷蔵庫に加え、カラーテレビ、クーラー、自動車の新・三種の神器がマスコミで喧伝 されていた時代でした。戦後の経済成長のけん引役ともなった電化製品が社会に急速に浸透していきましたが、それは、人類が初めて直面する電磁波社会の到来 でもありました。

最初に症状を自覚したのは大学生の頃、ワードプロセッサ(ワープロ)で翻訳のバイトをしたときのことです。画面に向かう と頭痛が起きるようになり、続けると悪化して眩暈や動悸にも悩まされるようになりました。当時のワープロは画面とキーボードが一体型のものばかりで間近に 画面を見ながらの作業によるものでした。

就職した外資系企業の高層ビルのオフィスは最新式のオフィス家電や機器に囲まれており、電磁波過 敏症の症状の悪化に歯止めがかからなくなりました。病院に行っても病名も分からず処方された薬を飲んでも治らず、職場では気丈に振舞っておりましたが、担 当したプロジェクトが成就した後、静かに会社を去りました。

その後、半年ほど転地療法など治療に専念した後、人工的な電磁波を避けるよう に造園業の仕事をしていた時期もありました。筆者は脊椎側彎症も患っており、大学生の折は背骨が40度以上も彎曲していたのですが、中国よりサバティカル 休暇で日本医科大学に研究のため来日していた宮廷侍医の家系の医師による気功治療で劇的に改善した経験があります。

奇しくも脊椎側彎症の治療でお世話になった気功医師によって電磁波過敏症の克服への筋道をつけて頂くこととなったのです。東洋医学では、あらゆる病気にはその兆候があり、兆候をとらえて改善していくことで病気の発症を未然に防ぐという未病のアプローチをとっています。

そ の後の研究で判明したことは、電磁波過敏症は目に見えない電磁波などのストレスが長期間にわたって積み重なった結果、発症するということです。感染症や怪 我のような外傷とは異なり、心身両面にわたるバランスの失調が原因になることが多く、原因の特定が難しく、西洋医学的な治療法だけでは回復しないところが 特徴です。

‘90年代の調査活動の一環で電磁波過敏症を発症した患者さんのご自宅を訪ねたことがあります。ご本人もOLとして働いていた ときにコピー機が机の隣に置かれるようになってから体調不良が始まったそうです。頭痛や息苦しさが体を襲い、集中力に欠けるようになり、たびたびミスを重 ねて退職に追い込まれてしまいました。

症状は職場を離れてもいっこうに改善せず、化学物質過敏症だと診断されるまで実に十年の歳月を要したそうです。その後、重症の電磁波過敏症であることも分かりました。
ご自宅の中には化学物質と電磁波を排除するため、ほとんど何も置かれていませんでした。電磁波の発生源に近づくだけで「ビビッ」と刺すような痛みが容赦なく全身を襲うため、病院に行くにも車や電車にすら乗れないという悲惨な状態でした。

引越を繰り返したものの地方でも電磁波のない環境に移住することは不可能だと悟ったそうです。電線からの電磁波の影響を緩和するために窓を銅のメッシュ状 の網で覆いアースしていました。当時は無線LANやオール電化住宅も普及していなかったことを考えれば、電磁波過敏症患者にとって現代は正しく電磁波地獄 と言えるでしょう。
治療法が未だに確立されていないため、発症を未然に防ぐ努力にかかっています。前述の患者さんの場合は、コピー機から漏えいし ている電磁波の影響を受けたことが発症の引き金となりましたが、’80〜’90年代にかけてはワープロやパソコンのVDT(Visual Display Terminals)の使用がきっかけとなるケースが相次ぎました。

医学的には「VDT症候群」とも分類され、眼精疲労やドライアイな どの目の症状のほかに、皮膚疾患、頸肩腕障害(首筋、肩、腕、手首などのこりや痛み)、頭痛、神経心理的症状まで実に幅広く、旧労働省も1985年には 「VDT作業のための労働衛生上の指針について」を発表しています。目の症状は、日本眼科医会によりテクノストレス眼症と命名され、首や肩、腕の重度の症 状は「頸肩腕症候群」、手に現れる症状は「手根管症候群」と呼ぶこともあります。海外では「反復性過労症候群(RSI)」と呼ばれていますが、’90年代 にはパソコンなどのVDTを使用する人にとって「過去最大最悪の健康障害」と言われておりました。

初期の兆候がでたときにすぐに対処しな ければ、麻痺などの取り返しのつかない障害や電磁波過敏症を発症してしまうことになりかねません。電磁波過敏症の患者の特徴は、最初に一つの症状を自覚す るところから始まり、次第に症状が増え、ついには慢性的な重度の症状を訴えるようになるのです。

時系列順に説明すると、最初に目、皮膚、 神経に症状が現れます。具体的には、目や関節の痛み、鼻水、鼻づまり、乾燥肌や顔面発疹などです。よくある症状だと思って見過ごしがちですが、続いて呼吸 困難やどうき、めまいや吐き気などの症状が現れます。口内炎や歯や顎の痛み、異常な喉の渇きを訴える人もいます。さらに、倦怠感やうつ状態を伴う頭痛や短 期的な記憶障害、手足のしびれや痙攣に進行するケースもあります。

‘90年代後半からは液晶モニタがVDTにとって代わるようになり、画 面からの低周波電磁波への曝露は低減されるようになりましたが、依然として長時間のパソコン作業や携帯電話やスマートフォンの長時間使用などによる眩暈や 頸凝りから始まる症状等が蔓延しています。近年は頸性神経筋症候群(首こり病)とも命名されているそうですが、同症候群については別の機会にご紹介できれ ばと思います。

携帯電話やWifiの基地局が知らず知らずのうちにマンションの屋上や近所に設置されたことが引き金となっているケースも 多く、変だなと思われた方は住環境に変化があったかどうか、職場で新しいオフィス機器を設置したかどうかなどを調べてみてください。近所に高圧線の通って いる家庭や職場も要注意です。次回は対応策についてご紹介したいと思います。

以上