岡山市の工務店 森材木店 注文住宅 リフォーム 岡山県岡山市南区灘崎町 倉敷市 玉野市

イスラエルとパレスチナの建築

 梅の花がほころび始めたものの寒さの緩まぬ日々が続いておりますが、如何お過ごしでしょうか。今回は、出張で訪問したイスラエルとパレスチナの建築や住宅事情について写真を交えてご紹介したいと思います。

 イスラエルとパレスチナを初めて訪れたのは2000年の11月。パレスチナ人による民衆蜂起(第二次インティファーダ)が発生した直後のことでした。エ ルサレムのホテルには人影がなく開店休業状態。毎年350万人以上の観光客で賑わってきた三大宗教の聖地、エルサレム旧市街もシャッター通りと化していま した。

 あれから13年。中東和平への道のりは遠く、誰もが政治的な解決に対しては悲観的です。日本人にとっては戦争、危険といったイメージの強い地域だと思い ますが、紀元前4000年頃にカナンと呼ばれていた時代からエジプト、アッシリア、バビロニア、ペルシャ、ローマ帝国、イスラム王朝、オスマントルコ等さ まざまな民族や国々による栄枯盛衰の舞台となってきました。それゆえ、多種多様な遺跡や建築物が各地に点在し、訪れる誰もが観光資源の多さに圧倒されるの です。

 エルサレムの建築はエルサレムストーンと呼ばれる大理石のように荘厳な桃白色の石灰岩によるものがほとんどで、景観保護のために市の条例による一般住宅 への使用や建築規制による低層建築が定められています。パレスチナ自治区でも美しい天然石や大理石で有名なヘブロンやベツレヘムにおいて建築用の石材は主 要産業となっています。

 イスラエルにはユダヤ教会堂のシナゴーグ、パレスチナ自治区やイスラエルの市民権を持つパレスチナ人の村落には、ミナレットと呼ばれる尖塔が特徴的なイスラム教の礼拝堂であるモスクが見受けられ、キリスト教会も双方に点在しています。
 
 エルサレムは各時代の遺跡が創造と破壊によってミルフィーユのように積み重なっています。イスラム教の開祖マホメットが昇天したとされる黄金に輝く岩の ドームの西側外壁の7段目まではキリストの時代にヘロデ大王によって大拡張された神殿とされ、ユダヤ人の聖地となっています。近年はさらに古い時代のユダ ヤ遺跡も地中から発見されているそうですが、筆者にはどの聖地も人間の怨念や執念ばかりが渦巻いているように感じられ「あぁ、日本人で良かった!」と訪問 するたびに実感しています。
 
 パレスチナの村落では住宅の屋根に黒い貯水槽とソーラーパネルがのっています。水環境が劣悪なパレスチナでは貯水槽に水をためて節水しながら使用し、温 水を太陽熱でつくっています。水資源が限られている中、イスラエルにおいては節水や海水淡水化、点滴灌漑技術などが研究開発されましたが、パレスチナにお いては上下水道のインフラ整備すら進まず格差が広がっています。水が紛争の火種となっているのです。

 一方、イスラエルには、建国前の20世紀初頭から社会主義的理念の下でユダヤ人によってつくられた270箇所の「キブツ」と呼ばれる農業共同体が存在 し、一箇所に百名〜千名のメンバーが属しています。筆者も数々のキブツを視察しましたが、工業化や観光地化したキブツも多く、概してリベラルな人々が生活 しています。キブツ産業として近年は年10%近くの成長率を続けており、約7000億円の産業となっています。民営化したキブツも多く若者のキブツ離れも 問題となっていますが、今なお健在です。

 同じく20世紀初頭に、当時はオスマントルコ支配下のアラブ人の街であった地中海沿岸の港町ヤッフォにも欧州より移住したユダヤ人が土地を購入して暮ら し始め、1930年代になるとナチス・ドイツによる迫害を逃れた人々の入植が相次ぎました。バウハウス建築様式の住宅などが中心部に4000棟以上つくら れるなど急激に発展し、その多くが現存する白い街並みは2003年に世界遺産に登録されました。
 
 今回は、ヤッフォやテルアビブで最初に開発が進められたネヴェ・ツェデクを散策し、本稿用にユニークな建築物を写真に収めましたが、再開発が進んでブティックホテルや高級住宅街、ショッピングモールなどに急速に変わっていく街並みに驚くばかりでした。

 イスラエル人とパレスチナ人はアブラハムを父祖とする異母兄弟の子孫と言われますが、双方の市民の多くは二国間共存を望んでいます。中東和平が実 現すれば、両国共に繁栄を謳歌することでしょう。ユダヤ人とパレスチナ人が共存してきたエルサレム旧市街やヤッフォを歩きながら将来の国のかたちについて 改めて考えさせられました。

以上